大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和42年(行コ)4号 判決 1968年2月28日

控訴人・原告 田中喜一郎 外六名

訴訟代理人 新井章 外一四名

被控訴人・被告 東京都収用委員会

代理人 三谷清 指定代理人 島田信次 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴人ら代理人は「原判決を取消す。被控訴人は昭和三一年六月二五日付及び同年七月一九日付でそれぞれ東京防衛施設局長から申請を受理した別紙物件目録記載の各土地に関する収用裁決申請事件の審理及び裁決をなす権限を有しないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の陳述は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示記載のとおりであるからここにこれを引用する。

(1)  控訴人ら代理人は次のとおり述べた。

「(一) 訴外東京防衛施設局長が昭和三一年六月二五日及び同年七月一九日の二回にわたり被控訴人に対してした各土地収用の裁決申請を、被控訴人においてそれぞれ適法なものとして受理し同三九年四月二七日審理を開始したのは、右各申請につき自ら処分権限を有するものと認定しこれを前提としたものというべく、従つて右処分権限の有無について当該行政庁である被控訴人の判断は既に示されているものといわなければならない。

(二) のみならず、控訴人は本訴において被控訴人によつて将来なさるべき裁決内容の瑕疵を「予防的」に争つているのではなく、その前提である審理権限もしくは処分権限を争つているのであるから、いわゆる「事前訴訟」では決してない。

(三) もし、処分権限そのものの有無は行政上の争訟の対象にならず、処分そのものの瑕疵の一態様として争うほかないとすれば、処分の無効もしくは取消の訴訟以外に本訴の如き処分権不存在確認を求める訴はなり立つ余地がないことになる。しかし、実体審理の上なされる処分が何故右処分権限を争うための要件となるのかが、理論上明白でないのみならず、実際上も、処分権限の有無につき大きな疑問がありそれのみが争いの対象となつているのに、それはさしおいてまず実体審理を行い、処分がなされた後に初めて処分権限の有無につき争訟が許されるというのでは、右争訟において処分権限なしという結論が出た場合、右実体審理は全く無用のことに帰着し、訴訟経済に反する。

(四) 以上の次第であるから、本訴は、被控訴人が本件申請につき自ら審理裁決する権限ありとして審理を開始したという客観的事実さえ存すれば、適法に提起し得べきものであつて、あえて審理裁決(この裁決の結果被控訴人に処分権限なしという判断がなされる余地は全くない。何故ならば、被控訴人は処分権限ありと重ねて明言し、かつ、申請につき実体審理及びそれによる裁決を強行しようとしているからである。)をまたなければならぬ理由は毛頭ない。

(五) 仮りに、本訴の如き訴は、取消訴訟等で争うのでは権利の救済を全うできず、回復し難い損害を蒙るおそれのある緊急の場合にのみ許されるとしても、本件では正にこのような緊急の必要がある。何故ならば、いつ収去されるかも知れない法律上極めて不安定な土地を買受ける第三者はいないのみならず、いつ収去して明渡さなければならぬか判らない土地の上に建物を築造することも著しく困難であつて、結局当該土地の処分、利用は不可能に近いことが明らかだからである。」

(2)  被控訴代理人は次のように述べた。

「(一) 本件裁決申請の受理は、被控訴人に審理裁決の権限があるとの判断を前提としたものではあるが、当面直接には、申請書が法定の様式を具備するなど形式上欠陥がないことを確認し、これを有効な書面として受領する行為にすぎず、控訴人らの権利義務に何ら直接影響を及ぼすものではないから、これを対象として効力を争うことはできない。

また、被控訴人は本件申請につき自ら審理裁決する権限ありと考えて審理していることは勿論であるが、未だ行政庁として控訴人らに対し裁決その他の形式により正式に処分権限の存否についての判断を示しているわけではない。

(二) 本訴の如き権限不存在確認訴訟は、当該行政庁にその権限のないことが明白であり、かつ、事前にその点につき裁判所の判断を求めておかないと回復し難い損害を受けるおそれがあつて、これをさけるため緊急の必要性のある場合に限り提起し得べきものである。何故このような場合に限定するかというに、行政庁の処分権限の存否については当該行政庁の判断を尊重し、右判断にもとづく行政庁の処分にはいわゆる公定力を付与し、右効力は取消訴訟によつてこれを失わしめるのを原則とするからである。

(三) 本件における被控訴人の処分権限について控訴人主張の如き疑問は存しないのみならず、たとえば一般の訴訟において、本案前の問題があるに拘らず本案の審理を行い、本案前の問題で訴却下となるような場合、訴訟経済に反するかも知れないが、それは結果的にそうなつたことでやむを得ないのと同様、本件の場合控訴人主張の如き訴訟経済に反する事態が起ることがあつてもやむを得ない。

(四) 本件の場合は前記(二)記載の例外的場合にあたるかというに、被控訴人に処分権限がないという明白な疑問は全くなく、また、回復すべからざる損害をさける緊急の必要性も認められない。仮りに控訴人主張の如き土地処分又は利用上の困難があるにしても、それは一時的なことであつて、回復し難い損害を生じることは考えられない。」

理由

当裁判所もまた本件訴はこれを却下すべきものと判断する。その理由は次の如く附加するほか原判決理由記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

「(一) 被控訴人が本件裁決申請を受理し、審理を開始したからといつて、被控訴人において右申請につき自ら処分権限を有することの第一次的判断がなされたものということはできない。

右申請の受理は、被控訴人に何らかの裁決(却下の裁決をも含む)をなすべき義務を生ぜしめる一種の準法律行為的行政行為にほかならず、また、審理の開始は自ら審理(却下すべきか否かの審理をも含む)をする権限があるという一応の判断に立脚するものであることはいうまでもない。しかし、被控訴人が右処分権限を有するか否かについての確定的判断は、裁決において初めて示されるものであつて、それまでは被控訴人のなすべき第一次的判断は未だ行われていないものといわざるを得ない。

(二) 無用の審理を省くという観点からすれば、本件申請につき被控訴人が自ら処分する権限ありや否やをまず訴訟によつて確定するに如くはない。殊に、処分権限の有無が唯一の争点である場合、敢えて当該行政庁に第一次的判断をさせるまでもなく直ちに右権限の有無の確認を求める訴訟を提起させて妨げないという見解も、行政争訟手続の行政救済制度としての側面のみを重視するかぎり、肯けないわけではない。

しかし、行政争訟手続における行政権の自己統制制度としての側面をも考慮にいれると、たとえ行政官庁の処分権の有無が当面唯一の争点である場合といえども、その第一次的判断は当該行政庁をしてなさしめるのを本則とし、ただ、原判決理由二掲記の如き例外的場合(本件の場合がこれにあたらないことは原判示のとおりである。)に限つて事前に前記の訴訟を提起することを許して救済を計るに止むべきものと解するのが相当である。」

以上の次第であるから、本件控訴は理由がないものと認め、控訴費用は民事訴訟法第九五条、第九三条、第八九条に従い控訴人の負担とすべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部行男 裁判官 川添利起 裁判官 蕪山厳)

別紙 物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例